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2007年 02月 02日
私の故郷・鹿児島にいる両親の家づくりをさせてもらえることになりました。
区画整理に伴い、家を移転することになった両親。私たち姉弟が生まれ育った家はもうありません。両親は、今、マンションの仮住まいをしております。 新しい土地の道路整備が来年度に始まる予定。それに合わせて、いよいよ家づくりがスタートした、というわけです。 これは、私が両親の家を設計することになったときのエピソード。 当時、ほかのブログで書いていた記事から持ってきました。 ちょうど今から9ヶ月前のこと。 その間に、国分のおじさんの家の改修計画が無事に引渡しできました。 この記事を書いたころからすると、家族それぞれが「家」に対する意識がちょっと変わってきたように思います。 、、、、ということをあらかじめ、ご了承ください(笑) ■ 破壊的ともいえる。 我が家の熱血ツートップがバトルを始めると もうだれも、自分さえも止められません。 母&私。 反比例して、エネルギーを吸い取られていく父。 (我が家のクーラーボックス頭) さて、なにがあったかといいますと 両親の家づくりをめぐってバトルが繰り広げられたでございます。 マミーとお買い物♪なんてことではなく、両親と家作り。 卒論でも取り上げたこのテーマ。「超楽しみ」にしていないわけがない。満身創痍でご指名・・・・・と思っていたら・・・・・ エ!? 「相見積り取る」とか言い出した。 その発想が出た時点で、この話はないなあ、なんてひどいおひとなんだ。。。と、マイナスループに陥り始める私。 一体、一念発起無我夢中、全てをなげうってこの世界で生きる決意をしたとき背中を押してくれたのは。。。。あれは一体誰だったのか?????? 「アンタ、そんな甘い考えで仕事してんの!?」といわれる始末。 いやいやいや、ちがうでしょちがうでしょーーーーー。 「ああこんなにドライなヒトだったんだ・・・」 (←もうすでに冷静さは皆無) しかしそんなことで腹の虫がおさまるわけもなく、 いいたいことはいわせていただきますわってコトで4時間位におよび、鼻水と涙をミックスさせながらがんばった。 罵倒、主張、質疑応答、無視のインターバル。 かたわらでエネルギーを吸い付くされ(マンションなので逃げ場もない)瀕死の状態に陥っている父を見てこりゃいかん!と思い、譲歩。。。。するような二人のテンションではない(いつものこと)。 おかあ「でてけーーーー!」 私 「おう出て行くわボケエエ!!!」 もう外気以外に救いの手はない状態になった、そのとき。 救ってくれたのは以前担当した住宅のお客様からの、お礼のお電話だった。 GWは、家から一歩も出たくなくて、家族で家を満喫していたそう。ああ・・・・そんな言葉をわざわざありがとうございます。。。 最後の主張 「一流じゃないかもしれんが心意気は一流以上じゃーーー!!!!」 ジャー ジャー ジャー ・ ・ ・ ・ キャッ 母、さらに電話の内容を受け、うれし泣き。 おかあ「お母さんが悪かった。。ごめんね」 私 「ありがとう(嗚咽)」 おとう 「よかった・・・ね・・・」←虫の息 バトルの末、我が家の家づくりの設計士栄冠は私に!!! この大型連休の思い出ナンバー1は仕事を勝ち取ったこと、です。 ■ 先日ヒアリングをしたとき、もちろんこのときの話は話題に。 お母さんのさらに深い思いを聞くことができたのでした! こんな家族の家づくりです。乞うご期待☆(?)
by kusumotohome
| 2007-02-02 19:25
| ヒアリング
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